線形代数学II No.14要約

今日のテーマ: 対称行列の標準形

今回は複素数の性質、特に複素共役の性質を用いる。 行列 $ A$ に対して、 $ \bar A$$ A$ のそれぞれの成分の複素共役をとった行列を指す。 行列 $A,B$ に対して

% latex2html id marker 1047
$\displaystyle \overline{A+B}=\bar A + \bar B,\quad
\overline{A B}=\bar A \bar B$   (サイズ的に和や積が定義される限り)

が成り立つことに注意しておこう。

定義 14.1 (対称行列、エルミート対称行列)  
  1. 実行列 $ A \in M_n($$ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$ )$ が対称行列 $ {\Leftrightarrow}$ $ {}^t A=A$.
  2. 複素行列 $ A$ がエルミート対称行列 $ {\Leftrightarrow}$ $ {}^t \bar A=A$.

命題 14.2   エルミート対称行列の固有値は必ず実数である。 とくに実対称行列の固有値は必ず実数である。

証明. $ A$ の固有値の一つを $\lambda$ とおく。定義により、 ある $\v\in {\mathbb{C}}^n\setminus \{\bf0\}$ が 存在して、 $A \v = \lambda \v$. その複素共役をとることにより、 $A \bar \v = \lambda \bar \v$ を得る。 ${}^t\bar \v A \v$ を2通りに計算してみよう。一方では

$\displaystyle {}^t\bar \v (A \v ) = {}^t\bar \v\lambda \v = \lambda {}^t\bar \v\v$    

であり、他方

$\displaystyle ({}^t\bar \v A) \v = {}^t({}^tA \bar \v ) \v
= {}^t(\bar A \bar \v ) \v
= {}^t(\bar \lambda \bar\v ) \v = \bar \lambda {}^t\bar \v\v .$    

よって、 $\bar \lambda {}^t\bar \v\v = \lambda {}^t\bar\v\v .$ ところが % latex2html id marker 1092
$ {}^t\bar \v\v = \sum_i \bar v_i {v_i} = \sum \vert v_i\vert^2\neq 0$ であるから、 $\lambda = \bar \lambda$ すなわち $\lambda$ は実数である。 % latex2html id marker 1073
$ \qedsymbol$

注意. 上記命題の証明は $ A$ が実対称行列である場合においてもエルミート対称行列の特別の 場合として上のように証明するほうがスッキリする。実数の範囲での証明については 教科書を参照のこと。

定義 14.3 (直交行列、ユニタリ行列)  

定理 14.4   実対称行列は直交行列で対角化できる。 エルミート対称行列はユニタリ行列で対角化できる。

証明. $ A$ が対称行列の場合を考えよう。$ A$ $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$^n $ から $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$^n $ への 一次写像と同一視する。$ A$ の固有値の一つ $\lambda$ をとる。 命題[*]により、 $\lambda \in$   $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$. よって、(一次方程式の議論により) $A \v = \lambda \v$ となる $\v\in$   $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$^n \setminus\{0\}$ が存在する。

   $\displaystyle \mbox{${\mathbb{R}}$}$$\displaystyle ^n=$   $\displaystyle \mbox{${\mathbb{R}}$}$$\displaystyle \v + ($$\displaystyle \mbox{${\mathbb{R}}$}$$\displaystyle \v )^\perp
$

と直和分解すれば、$ A$ はこの直和分解を保つ。 $\v /\vert\vert\v \vert\vert$ と、 $($$ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$\v )^\perp$ の正規直交基底をとってきて並べたてできた行列を $ P$ とおくと、$ P$ は直交行列であって、

$\displaystyle P^{-1} A P =
\begin{pmatrix}
\lambda & 0 \\
0 & A_1
\end{pmatrix}$

($A_1$$n-1$ 次の対称行列)という具合に書ける。 $A_1$ に対して帰納法を用いればよい。 $ A$ がエルミート行列の対角化には、複素ベクトル空間の 計量の話が必要であるが、議論は同様である。 % latex2html id marker 1126
$ \qedsymbol$

参考:

定義 14.5   複素ベクトル空間 $ V$ が与えられているとする。 $ V\times V$ から $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$ への正定値半対称双線形写像を $ V$エルミート内積と呼ぶ。 具体的には次の条件を満たすものがエルミート内積である。
  1. $ \mathbbm a\cdot \mathbbm b = \overline{\mathbbm b\cdot\mathbbm a}$          $ (\forall \mathbbm a ,\mathbbm b\in V)$
  2. $ \mathbbm a \cdot (\mathbbm b+\mathbbm c)=\mathbbm a \cdot \mathbbm b
+ \mathbbm a \cdot \mathbbm c$          $ (\forall \mathbbm a ,\mathbbm b,\mathbbm c \in V)$
  3. $ (\mathbbm a+\mathbbm b) \cdot \mathbbm c
= \mathbbm a \cdot\mathbbm c +\mathbbm b \cdot\mathbbm c$          $ (\forall \mathbbm a ,\mathbbm b,\mathbbm c \in V)$
  4. $ (c\mathbbm a) \cdot \mathbbm b =\mathbbm a \cdot (\bar{c}\mathbbm b)
= c(\mathbbm a \cdot \mathbbm b)$          $ (\forall \mathbbm a ,\mathbbm b \in V,\forall c \in$   $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$ )$
  5. % latex2html id marker 1212
$ \mathbbm a \cdot \mathbbm a \geq 0$.          $ \mathbbm a\cdot\mathbbm a =0 {\Leftrightarrow}\mathbbm a=\bf0$.          $ (\forall \mathbbm a \in V)$

エルミート内積を持つ複素ベクトル空間を 複素計量ベクトル空間 と呼ぶ。

複素計量ベクトル空間でも、シュミットの直交化法に代表されるような技法・定理が 同様にある。